去年は鬱々としていたのか、倦んでいたのか……、何だかとても疲れていた一年でした。疲弊した心はそのままに仕事場と自宅を往復する日々をひたすら繰り返していると、心はどんどんトゲトゲしくなり、最終的にサボテンのようになってしまいました。乾いた心で日々を過ごしながら(それでも嬉しいことはちゃんとあったのです)あっという間に過ぎ去ってしまった2014年。一年を総評してしまうと、精神はサボテンとなり偶に自らが与える趣味という潤いで何とか息をしていただけ、でありました。

2015年は去年までの自分を切り捨てて新しく生きたいと思いつつも、もう13日ですね。早いものです。
まだ身体から2014年の残滓を洗い流せていないわたしは、街を歩く人々が2015年に完璧に適応してるかの様を眺めながら、焦りを感じています。なので昨夜は爪を切りました。2014年から伸びた爪を切り離し、少し2015年が馴染んできたように思います。指の先がちょっぴり輝いて見えます。

……ということで、今年もよろしくお願い致します。去年よりブログ更新できるようにしたいというのがわたしのささやかな目標なのです。

2015.01.13(22:40)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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さあ、2014年の開幕です。
今年は午年なのでケンタウロス年と思って愉しみたいと思います。半獣半人……大好きなのですよ。さて、わたしなりの一年を今年も生き抜いてやろうじゃありませんか。
2014.01.01(00:14)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
かつてわたしにも女子校に通う女子高生だった時があった。劣等感に塗れてみっともなく足掻いていた女子高生だった時があった。周りを囲む、同じ歳で、同じ身体構造を持ち、同じ形の制服を着用している彼女たち。”同じ”だからこそ残酷なまでに顕になる絶対的な“違い”。同性に対するコンプレックスとは、真夏のアスファルトの上で、熱に溶け、蟻に集られている飴玉と似ている。醜く歪み、べっとりと張り付き、蝕まれるほどに甘いのだ。
2013.12.11(22:27)|日常コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
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先月、友人と日本橋で開催されている『アートアクアリウム 2013 ~江戸・金魚の涼~』を観てきた。人工的に演出された光に照らされ、様々な趣向を凝らした水槽のなかで、輝きながら優雅に泳ぐ金魚の群れ。今年は大奥をモチーフとした巨大水槽も披露され、その華やかな様子は大層わたしたちの目を楽しませてくれた。
帰路にて、金魚の美とはなぜこうも妖艶であり、時として淫靡にさえ感じるのか、という話題を友人と話した。交配に交配を重ね、鑑賞用としてつくられたゆえに与えられた魔性。そもそも鑑賞を目的とした生き物を創り出そうとする、その、『自然』に反旗を翻した人間の、業深い情念から産まれた生き物に、全く『自然的』ではない美しさが齎されることは至極『自然』だ。だからこそ金魚は人工的な空間であればあるほど、その魅力がいかんなく発揮されるのでないか。金魚の歴史とは、背徳と禁忌の匂いに包まれているのだ。

台風の到来とともに、久しぶりに岡本かの子『金魚撩乱』を再読したく、先ほどから自室の本棚を探している。そんな休日の昼下がりである。
2013.09.16(15:20)|日常コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
中野にあるブックカフェダイナーOMEGA ALGEA(オメガアルゲア)が閉店されたそうです。
神保町オメガスイーツブックセラーズから大久保ブックサロンオメガ、中野オメガアルゲアと変遷を遂げながらも、一貫して本とアートに囲まれていた店内は、わたしにとって居心地の良い場所でした。大久保ブックサロンオメガはオフ会の会場として使わせて頂いたこともあります。去年の1月には中野オメガアルゲアのギャラリーを使用して開催された展示にも参加させて頂きました。楽しい想い出がたくさん詰まっているお店であることは今後もずっと変わりありません。
そんな場所を与えてくれたことに感謝しています。有り難うございました。

まったく関係がない話ですが、土用の丑の日ということで鰻の蒲焼、ではなく秋刀魚の蒲焼を食べました。しかし【一説によれば「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という風習があったとされ、】という記述を読み、秋刀魚の蒲焼には全く『う』がないことに動揺し、とりあえず梅干しを口に放り込んで食べています。日々、どんな罠が待ち受けているかなんてわかったものではないのです。
2013.07.22(22:16)|日常コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
大雪です。休日なので無理やり外に出る必要もなく、一日家の中でぼんやりと過ごしていました。わたしはだいたいの時間をぼんやりしながら生きているのでいつものことではあるのですが、あまり雪が降らない場所で生活しているために、雪が積もるというだけで非日常な気分を味わうことができます。外界から閉ざされた空間に押し込められたような昂揚感。出ようと思えば出られる、けれど出られない、という閉塞感っていいですよね。

いつの頃からか“閉ざされた世界”というものに大きな憧れを抱いているわたしです。そう、まるでスノードームのような世界。いや、それでは“閉ざされた世界”というより“閉じ込められた世界”という方が正確でしょうか。微妙に話が脱線してきていますが、そんな世界が物理的ではなく精神性によって構築されているとなるとより素晴らしいです。物語で言えば、ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』を始めに、二人だけの閉じた世界が外界からの闖入者によって破壊されようするとき、それを守ろうとする行為が破滅にしかならない、そんな世界を愛さずにはいられません。シャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』、ガイ・バード『ソフィー』、映画『乙女の祈り』……、“わたしたち”で完全な楽園は予め崩壊と破滅が決定付けられていて、だからこそ痛ましくも美しいのです。

雪の夜は深々と冷え、温めたミルクにブランデーを一滴垂らして飲んでいると、少しばかり自分という人間から汚れが剥げ落ちてキレイになれるような気がします。白色のなかに溶けていけたらいいのにと、漠然と思い浮かべながら、やっぱりぼんやりとして椅子に座っている2013年1月の夜なのでした。
2013.01.14(21:38)|日常コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
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あけましておめでとうございます。1日からは祖父母宅へと泊りに行き、親戚とともに過ごしたりとあっと言う間に過ぎ去っていった三が日。今は自宅でぼんやりしています。2013年巳年ですね。せっかくのへび年、いろいろと蛇伝説を漁るのも楽しいかもしれません。まずはウロボロスの蛇の画像を拝みながら、ウロボロスの象徴とはわたしが両性具有に見ているもの“そのもの”でもあるので、今年は縁起がいいなあと思ったりしているのです。
2013.01.04(23:26)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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今年一年、なんだかんだと慌ただしく過ぎてしまい、数年後には曖昧模糊な記憶として脳髄の奥深くに埋もれてしまっているだろうかという2012年でしたが、それでも様々な出会いに感謝する年でもありました。来年も笑顔で過ごせますようにと素敵な笑顔の画像を載せておきます。
よいお年を!
2012.12.31(17:30)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
最初は少し赤くなってるだけだった。肌にほんの少し赤い点が出来ていて痒かったのでカリカリと掻いた。次の日も次の日も痒みは続きわたしはさほど頓着することもなくただ右腕をカリカリと掻いていた。ふと気づくと皮膚は掻き毟られたことで五百円玉ほどの大きさで円形に爛れていた。痒みは一層増していて、もう掻いてはいけないとはっきり自覚しているのにも関わらず、わたしは掻き続けてしまう。血と共に嫌な汁のようなものが滲み出る。痒い痒い痒い……、爪を深く切りこれ以上肌を傷つけないようにと対応策を講じる。それでもしつこく掻き毟ってしまい皮膚は抉られる一方だ。痒み止めクリームの効力を期待したが余計痒くなり悪化したので、爛れている範囲は今や五百円玉を優に超えている。痒みはどんどん精神面にも浸食を始めたのか、ざわざわと、まるで巨大なムカデが内部を縦横無尽に駆け巡ってるかのような感覚に襲われる。早くなんとか治療を施さなければと、新しい場所へ足を踏み入れることへの恐怖心をなんとか抑えて、ついに皮膚科に行く決心をしたのである。
2012.10.07(22:14)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
画廊を巡り美しいもの見ます。それらの美を眼から吸収し、脳髄に充たす作業を繰り返します。しかし依然として美はその場所に在り、わたしが視覚と共感と分析と嗜好と思考と体験と空想と知識と言語によって自分の内に取り込もうとしたところで、そう簡単に吸収できる筈はないのだけれど、ただ、どんな美酒よりも濃く長く、多幸感に酔うことだけはできるのです。いつまでも醒めない夢を見る為には作品を手もとに抱え込むことが唯一の手段なのでしょう。

アンデルセンの赤い靴のお話が大好きです。呪いにより脱げない赤い靴を履いたまま踊りつづけた少女は、両足を切断してもらうことでようやく解放され、切断された足は踊りながら去っていってしまいます。真っ赤な美しい靴を履きながら踊りつづける少女の足は、きっと、どこぞの人付き合いの苦手な青年に捕えられて、少女の足と青年による恋物語が始まるのでしょう。

そんなことを考えながら職場でPCのキーボードを無表情に叩き続け、化粧もおざなりにボサボサの髪を無造作に一本に縛り上げ、浮腫んだ顔をだらしなく弛緩させながら、よろよろとみっともなく動きながら、毎日を過ごしているのです。
2012.06.23(22:58)|日常コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
プロフィール

古谷 葵

Author:古谷 葵

Blog title:
Koumori to Namekuji no Utage

箱詰人形などとも名乗っております。
怠惰な日々を過ごし中。
twitter:@hako_guru
mail:hako.zaregoto@gmail.com

猟奇唄
猟奇唄 (上) コシーナ文庫
猟奇唄 (上)間 武

三行詩集『猟奇唄』の表紙絵と挿絵を描かせていただいてます。
取扱書店:ジュンク堂池袋店/大阪中崎町・書肆アラビク/アマゾン
Dodgson Vo.1
◆Dodgson Vo.1 「漂流少女」◆

幼女に関する短編小説&考察を寄稿させていただいています。
書肆CAVE
箱詰人形セレクト

ギャラリーCAVEさまのオンライン古書店<<書肆CAVE>>にて、わたくし箱詰人形がセレクト致しました“箱詰人形セレクト”なるカテゴリを設けていただいております。
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