自分という人間が周囲の人と比べてどれほど劣っているかを確認しては安心する毎日です。それは、今や劣等感がわたしのアイデンティティの大きな拠り所となってしまっているせいなのです。この感情をどうにか拭おうと必死だった時期もあったのですが、もう仕方がないので一生付き合っていくつもりです。なので、劣等感の奴が逃げ出さぬよう鎖でぐるぐる縛り付けて毎日かかさず見張りを行っているのです。

2007.07.22(00:00)|思考文章コメント(0)トラックバック(0)TOP↑

ダゲレオタイプにかくも多くの人々が魅きつけられたのは、線遠近法の究極的な形としての科学的な写真性にではなく、合理的、客観的精神に深く浸され始めていた人々の、そこから逃れでようとする感性に呼応したからなのではないだろうか。人々が魔術的な、あるいは超自然な世界を秩序と法則によって自己のなかに組みこもうとしていた大きな時代の流れのなかで、そこから常にはみだしてしまう光と物質と人間との間の儀式的な現象をダゲレオタイプはいつもたたえていたのである。ダゲレオタイプを手にとると、「すべての問題は理性によって解きあかされる」という強引な合理精神によって消えてしまう以前の十九世紀人の夢想がひしめきあっているのが見えるようだ。その時代の人々にこの小さな銀のかけらがどれほどの不思議さと新しい感受性を惹き起したかは、硬直化した我々の想像力では及びもつかないものなのではないかと思う。それはまさに人間の感覚の歴史において最もスリリングなワンシーンであったろう。人間がそれまで経験してきた知と好奇心と夢が反射鏡のようにキラキラとそこには錯綜していた。

『ジオラマ論』-銀の感受性-

ジオラマ論―「博物館」から「南島」へ

ジオラマ論―「博物館」から「南島」へ

オメガスイーツで購入した「ジオラマ論」を読んでダゲレオタイプを知った直後に、ダゲレオタイプを主題にした鳩山郁子さんの新刊「ダゲレオタイピスト」が発売され、これは運命的とも言えるタイミングじゃないか!となにやら感動してしまいました。

ダゲレオタイプを発明したルイ・ジャック・マンデ・ダゲールはだまし絵作家でありジオラマを作った人物でもあります。本物そっくりの画像を作り出したいという欲求こそが「ダゲレオタイプ」を完成させる原動力でした。写真技法の大きな一歩は記録を目的としたものではないということは、写真というものへの自分の認識をもっと改めなければならないと考えさせられます。

「ジオラマ」の作成も「パノラマ」以上に真実に近い風景を見せたいという情熱からなのだろうなあ。人工的なユートピアを探求した人物として、とても尊敬します。

2007.07.22(00:00)|書籍コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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古谷 葵

Author:古谷 葵

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