猛暑だ。だらだらと垂れる汗をハンカチで拭いながらわたしは駅までの道を歩いていた。ぎたぎたと熱を放っている太陽に甚振られて思考は掻き乱され、半ば放心した状態でただひたすら足を前後に動かす。空は以前として明るいというのに、ぽつり、ぽつり、と雨が降ってきた。通り雨か。あっというまに勢いよく降り注いでくる。わたしは緩慢な動作で錆びついた傘をぎしぎしと開く。

疲れた……

相変わらず空気は茹だるような暑さだ。雨のせいで充満した湿気がまた不快な気分を増幅する。

休みたい……

信号が赤になる。立ち止っていると垂れた汗が道路にぽたぽたと落ちていく。それらは雨と混ざって溝に流れ込んでいく。どうせならこの、墨を溶かしたように黒く、粘着質な心の澱も一緒に流れていってしまえばいいとそんなことを思う。瞬間、眩暈に襲われた。貧血だろうか、熱中症なのかもしれない。ふらついているわたしにはその区別は付かない。身体がざわざわとする。身体に張り巡らされた網のような管の中を血液がざあざあと流れていく音がする。

五月蠅い……頭が痛くなる……

うんざりだうんざりだうんざりだ……なにもかもがもううんざりなんだ……

ふいに目の前が赤くなる。世界が赤く染まっていく。毛穴から流れ出る汗はもう汗ではない。血だ。気付けば温い雨も血と化してわたしに降り注いでいる。

お腹が痛い……

何かが下腹部を伝って落ちた。ぬるりとした感触。恐る恐る見下ろすとおかしな生き物が蠢いていた。小さな赤子だ。表面を毛細血管に覆われた肌色のぶよぶよとした肉塊。上げた筈の悲鳴は、注ぎ込む水に遮られ、わたしは血の雨の洪水に溺れていく。温かい水のなかに沈み込んでいく。全身から力が抜けていく。

ああ、やっと眠れるじゃないか……

ずっと、ずっと眠くて眠くてしかたがなかったのだ。もう無理して歩かずにすむのだと判ると、心の底からほっとしたわたしは深い眠りに落ちた。
2010.08.16(21:52)|思考文章コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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