蝙蝠と蛞蝓の宴思考文章
> 愚かしき夢想
―夢二氏は不在であった。女の人が鏡の前に座っていた。その姿が全く夢二の絵そのままなので、私は自分の目を疑った。やがて立ち上がってきて、玄関の障子につかまりながら見送った。その立ち居振る舞い、一挙手一投足が、夢二氏の絵から抜け出してきたとは、このことなので、私は不思議ともなんとも言葉を失った。(中略)夢二氏が女の体に自分の絵を完全に描いたのである。芸術家の勝利であろうが、また何かへの敗北のようにも感じられる。<川端康成『末期の眼』講談社文芸文庫『一草一花』>


わたしが出会った少女は美しかった。肌理細やかな白い皮膚、華奢な体躯、真っ直ぐに長く黒い髪。唇は赤く、黒く大きな瞳は濃く長い睫毛に縁取られている。すっきりと通った控えめな鼻梁も好ましい。わたしは彼女を愛していた。夢二のような芸術家になりたいと思った。彼女を特別にする為にすべてを捧げようと心に決めた。彼女の容姿は美しい。が、その容姿であっても芸能界からアイドルなどでデビューでもしてしまえば、「可愛いね」とそれなりに讃えられて消費され、ほどなくして飽きられ色褪せてしまう種類の、そんな程度のものだ。容色優れた女の子は世の中にそれなりの数がいて、それだけでは彼女を特別にするのは難しい。しかし、わたしは彼女を愛していた。初めて出会った理想の美少女、として、その最初のイメージを愛していた。

アンティーク調の椅子に白いワンピースを着た彼女が座っている。クラシック音楽の流れる喫茶店でわたしたちは初めて会話をした。わたしは彼女にわたしの思いのすべてを話した。愛していると何度も口にした。彼女はブラックコーヒーを飲みながら眉根をひそめた。彼女にはブラックのコーヒーは似合わないなと感じた。

彼女は言った。肌が綺麗に見えるのはリキッドタイプのファンデーションで顔の毛穴を隠しているだけだと、髪は本来はくせ毛なのでストレートパーマをかけて真っ直ぐにしているのだと、髪の色は天然ではなく綺麗に見える黒色で染めているのだと、唇はグロスを薄く塗っているから赤いのだと、瞳は輪郭を大きくするコンタクトを使っているから印象的に見えるのだと、睫毛はエクステで長くしているのだと、目の周りにはうっすらとアイラインを引いているから縁取って見えるのだと、鼻は横にキラキラと光るパウダーを軽くのせて立体感を出せるように工夫しているのだと。

わたしはその言葉を聞き流す。聞き流してなかったことにしようと試みる。本当はどうだとか、そんなことを誰が知りたいと言うのだろう。わたしは、わたしの彼女のイメージが損なわれてしまうことを恐れ、今得た不要な情報を心から切り離す作業に没頭した。彼女は、呆れ果てたという顔をして立ち上がると、コーヒー代を置いて去っていった。

去っていく、もう再び会うことは難しいだろう少女の背中をみつめながら、わたしは呟く。次にはきっと、違う少女へと向けて語っているだろうその言葉を呟く。

「あなたをわたしの手によって理想の聖少女として作り上げてあげましょう」
2010.10.07(22:20)|思考文章コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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