蝙蝠と蛞蝓の宴資料・記録
> 櫻の樹の下のエロティシズム

桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

(中略)

おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。何があんな花弁を作り、何があんな蕊(しべ)を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳を据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。

- 梶井基次郎 『桜の樹の下には』 -


人間はみな時を定めて薔薇の飼料となるべく栄養を与えられ、やがて成長ののち全裸に剥かれて土中に降ろされることだけが、男の願望であり成人の儀式でもあった。地下深くに息をつめて、巨大な薔薇の根の尖端がしなやかに巻きついてくるのを待つほどの倖せがあろうか。うずくまり、眼を瞑って、その触手のかすかなそよぎが次第にきつく厳しく裸身をいましめてゆく、栄光の一瞬。これほどの高貴の方が、この醜い、下賤な奴隷に手ずから触れて下さるのだ。最後の最後まで意識は鮮明に保たれ、すでに半ば溶けかかりながらも、いまのいま肥料として吸いあげられてゆく至福の刻。

- 中井英夫 『薔薇の夜を旅するとき』 -


桜の季節になると誰かしらが呟き始める、かの有名な一節「桜の樹の下には屍体が埋まっている」。爛漫と咲き乱れる桜の凄絶な美しさを見事に表現しているが故に、桜の虜となる人を確実に増やしたであろうこの言葉。桜に限らず、美しい花にこの身を捧げたいという一種エロティックな夢想は、わたしを含め意外と多くの人が抱いているのではないだろうか。とにもかくにも薔薇に魅入られた作家、中井英夫がその一人であることは間違いない。薔薇の飼料となることを夢みる男の描写はあまりに甘美で、危うくその倒錯した世界に惹きこまれて戻れなくなりそうだ。

他にも、城昌幸『人花』では、花作りの男が、動物体を溶解して成育する花「暗黒の女王」に魅了され、左手首、左肘、左肩、と花へ供していく様が書かれている。溶解されることに愉悦を覚え、更なる悦楽と妖花からの愛撫を求めて、果ては全身を花に投下してしまう。男を食した妖花は青白い光を放ちながら禍々しくも美しく咲き誇る。

魔夜峰央の漫画『怪奇生花店』の主人公ミロールは、屍体を養分として見事な花を咲かせる能力を持っている。同じく魔夜峰央の漫画『パタリロ!』の『めずらしい純白の花が咲く』というエピソードでは、そのミロールが登場し、殺害された美少年を養分に、それは美しい「美しすぎて不気味なほど」の、花を咲かせることに成功する。

ナチスドイツという時代に、閉ざされた薔薇園のなかで、傷つき衰弱した士官と衰弱した薔薇を融合し生命力を循環させ《薔薇の若者》を創造するという、狂気の博士による禁断の実験から物語が始まる皆川博子の『薔薇密室』もまた、花に淫する者ならば読むべき一冊であろう。

折角の櫻の季節、花という美に搾取される夢をみるのも乙なものである。
2011.04.11(23:41)|資料・記録コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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