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冬なので当たり前なのだけれど寒さに毎朝布団から出るのが大変苦痛である。だというのに先日夜中に突然眼が覚めて、突発的に小学生の頃の記憶が掘り起こされ、担任であった先生の理不尽の言動にいまなら反論出来るではないかという考えが頭から離れず、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きて机に向かい、便箋を取り出したなら、熱病に浮かされたような勢いでそのときの状況と心境と抗議の思いを幾枚もに綴り、封筒に仕舞うと、連絡先を調べる為に卒業アルバムを探そうとしたところで、何の意味もない行為だという虚無感に襲われ、手紙を細切れに破いてゴミ箱に廃棄した。御蔭で身体がすっかり冷えてしまった。

わたしは過去しか見ていないのだと改めて思う。今を生きながらも通り過ぎてしまったことにしか興味を抱けていないのではないかと。不安になりながら、布団のなかに潜り、両膝を抱きかかえて丸くなって目を閉じると、地中深く眠る太古の生物の化石となったような気持ちになる。心が落ち着く。

雪が降った日、積った雪景色を見ていると右の奥歯が痛くなった。この現象は昔からである。この連動は脳でどのような処理が行われた結果なのだろうかと不思議に思う。仄かに右眼の奥も痛む気もする。

前記の理由により軽度の風邪をひいた。咽喉が腫れる。熱を帯びた咽喉にお酒を流し込み苦しさを誤魔化す。自堕落とは快楽だ。秩序の保持と小さな逸脱を繰り返し繰り返し繰り返し……、毎日はそうやって過ぎていく。生きていくこととは落下し続けていくことで、眼前で繰り広げられる全ての事象は、過去として切り取って封じ込めることによってでしか確りと見つめることは出来ない。その瞬間に確かめようとしても落下の速度に追いつかず、見誤ってしまうのだ。

そうして、だから過去を見続けていても良いのだ、いや、寧ろそれこそが正しい在り様ではないか、と自己に対して弁明しているのだが、それでも不安はなかなか去ってはくれない。思い返してみれば自我が確立して以降、不安がわたしから身を離したことが一度でもあったのか甚だ疑問にもなってきたので、ならばこれが自然体であるのかもしれないが、去ってしまったら、それこそ心細くて不安なのではないかと、不安に去られて不安になるという矛盾について我ながら面白いと愉快な気分になっていたわけで、兎にも角にも不安であることは確かなのだ。
2012.01.30(21:20)|日常コメント(2)トラックバック(0)TOP↑
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From:  * 2012.01.31 10:22 *  * [Edit] *  top↑

有難うございます。いつも励みになるコメントを頂き感謝です。
From: 古谷 葵 * 2012.01.31 22:56 * URL * [Edit] *  top↑

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