蝙蝠と蛞蝓の宴思考文章
> ある女の子のはなし
これは何も持ち得なかった女の子のおはなしだ。

女の子には生まれたときからなんにもなかった。なんにもないというのは女の子自身の持っているもののことで、家庭環境は悪くなかったし、家族の人柄もまあそれなりにごくごく一般的といえた。
傍から見て羨ましいと持ち上げられるほどではないが可哀想にと同情されることもない、平凡な家で生まれていた。
だけれども、そのようなことは女の子自身の外部に成り立っている世界であり、女の子自身のものではない。家庭のなかの女の子は、ただそこに組み込まれている機能のひとつ、というだけでしかなかった。
女の子は自分がなんにももっていないことを成長とともに自覚していった。なんにももっていないということ以外に女の子がもっているものはひとつもなかった。
周りのこどもたちは敏感に自分たちと異質な存在を嗅ぎ分けてしまう。こどもは理屈や理論を必要としなくとも本能で真実を暴いてしまう。
女の子の社会との接触の第一段階は悪意に満ちた視線に晒されることから始まった。悪意は自然に大人たちにも伝染していく。
担任の男性教師は女の子を嫌った。なにもしなかったが、なにもせずなにも出来ない女の子を嫌っていた。
イジメと呼ばれるほど過酷なものはなく、穏やかにではあったのだけれど、悪意と嘲笑は女の子にぴったりと纏わり付いて離れることはなかった。
女の子の心には、幾筋もの傷が走り、傷口は癒える間もなく抉られてじゅくじゅくと膿んでいた。
何も持っていないことは女の子自身のとてもプライベートな問題であったのに、個人的な欠落は世界に何の影響も与えはしないのに、女の子は周囲から排除されたことが不思議でしかたなかった。
だから女の子は自分を守るために自分自身を否定した。社会と折り合うために女の子の周囲の人々の感情に迎合した。

ごくごく平凡な両親はごくごく平凡な小言を女の子にいう。ごくごく平凡な失言と暴力を女の子に浴びせる。
多くの人が通過していくその一場面は、何も持たないが故に自分自身を否定せざるを得なかった女の子にとっては、灼熱の砂漠のなかで水の代わりに油を飲まされているようなものだった。女の子の心はケロイド状となり、もうどこが痛いのかもわからないほどに全体が腫上がってじっとりと熱をもっていた。

女の子はただただ混乱し続けた。女の子の混乱は女の子の母親をも混乱させた。母親の混乱は女の子のお姉さんを混乱させていく。

女の子は混乱させるだけさせて家のなかに台風を誘い込んで、それをそのままにして大人になった。
目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤み、大人になった。
台風を追い出して、ちゃんとあるべき場所にあるべきものを整頓しなければいけなかったのに、その責任を放棄した。なんにももっていないから、という言い訳ですべてを誤魔化し続けてしまった。そして全部を周囲のせいにして誤魔化してきたことを直視しようとしなかった。
本当は、本当はわかっていたのに。

ごまかしてごまかして、いろんなことが捻じれてしまって、今はもうそれらを放って逃げ出したいと思っている。

「最低だ。」

と女の子じゃなくなった元女の子は自分にそう呟いた。
2009.08.09(21:43)|思考文章コメント(1)トラックバック(0)TOP↑
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From:  * 2009.08.10 17:05 *  * [Edit] *  top↑

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