
アルマ・タデマ『ヘリオガバルスの薔薇』
ヘリオガバルス=エラガバルスとは、14歳で古代ローマの皇帝に即位し、18歳で叛旗を翻した親衛隊の手によって便所のなかで惨殺された、狂気に彩られた美しき少年皇帝の名である。
日本では、アントナン・アルトーの『ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト』や澁澤龍彦の諸々の著作からその名が広く知られるようになった。
皇帝となった際には、顔には派手な化粧を施し金色のマントに身を包むと、金粉を撒いた土の上を裸女と豹に曳かせた車で、巨大な男根像と共に後ろ向きに入城し、国民を驚愕させたと言われている。他にも、女性器を得る為に下腹部に穴を穿つ手術を施していた、大量の薔薇や菫の花を頭上から降らせ招いた人々を窒息死させた、などの数々のアナーキーな逸話が残されている。
ちなみに上の画像はその“花による窒息死”を題材にして描かれた、アルマ・タデマの『ヘリオガバルスの薔薇』という作品だ。
自らが両性具有の神となって君臨することを望み、あらゆる性的倒錯行為を実践し、放蕩と痴態の限りを尽くしたこの王は、今や頽廃の代名詞ともいえる存在である。
そんなヘリオガバルスの逸話が『古代ローマの食卓』にも書かれていたので下に引用。
皇帝エラガバルス(紀元二〇四〜二二二年)は贅の限りを尽くして客をもてなした。
<彼は、アキピウスにならって、駱駝の足やら生きている鳥から切り取った鶏冠やらを定期的に食べていた。こういうものを食べていれば疫病から免れると思われていたからである。彼はまた帝国の廷臣たちに何枚もの巨大な皿に盛りつけたウツボの肝、フラミンゴの脳味噌、山鵲の卵、ツグミの脳味噌、鸚鵡や雉や孔雀の頭を供した。(オピリウス・マクリヌス)>
エラガバルスはまた伝統的なレシピを興味あるものにする要領を心得ていた。
<彼は一〇日間たてつづけに、野生の雌豚の乳房に子宮が付着しているものを一日三〇頭ずつ供した。これに小粒の金をまぶしたエンドウマメ、縞瑪瑙をまぶしたヒラマメ、琥珀をまぶしたインゲンマメ、真珠をまぶしたライスを添えて出した。また茸には胡椒の代わりに真珠をふりかけた。(オピリウス・マクリヌス)>
ライスのなかに真珠を見つけて愉快なものであろうかと怪訝に思うかもしれないが、客は、それを自分のものにすることが許されていたので、かなり嬉しかったに違いない。この皇帝は吝嗇ではなかった。誰にも十分な楽しみを与えた ―― ある時には一回の食事に六〇〇羽の駝鳥の脳味噌を供したのであった。
エラガバルスは途方もない浪費をしたため、最後には私刑にかけられて殺された――浪費が明白になったのは料理関係だけではなかったのだ。しかし、他に例を見ない彼の料理の流儀は、ローマ帝国末期の頽廃ぶりを説明するのにしばしば引用されてきた。
<彼はこんにちの浪費家が用いるあらゆるものを、たとえば乳香とペニーロイヤルで風味づけしたワイン等々を発明した人である。……快楽が彼には人生で唯一の目的であった。魚のパテ、ムール貝と牡蠣と同類の貝とのパテ、ロブスターと蟹と車海老とのパテを作った最初の人であった。(オピリウス・マクリヌス)>
―パトリック ファース『古代ローマの食卓』―
歴史上で最も好きな人物、ヘリオガバルスに改めて敬意を表したいと思った。








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